「ウーマンエンパワー賛同企業」事務局では、賛同企業様の施策の参考になれば
という想いで、様々な企業事例や専門家の取材記事を掲載しています。
今回は、2017年度「働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」で最優秀賞・厚生労働
大臣賞を受賞した三井住友海上火災保険株式会社(正味収入保険料 1兆4,696億円/
社員19,850名/代理店数41,305店)の人事部 企画チーム兼働き方改革推進チーム・
荒木課長/ダイバーシティ&インクルージョン推進チーム・笠原課長にお話を伺いました。
人財育成を徹底的に行うために、総労働時間を削減する必要があった同社。
2016年頃から本気になって働き方改革に取り組み、短期間で多くの成果を残してきた
実績からヒントを探るべく、詳しく伺いました。
Q. 2016年から会社が本気になったきっかけは何だったのでしょうか?
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その当時、次の中期経営計画の人財戦略を検討していく中で、何をとっても
行き着くのは『長時間労働では、自己研さんしづらく人財が育たない』という
結論が出たことです。
人財育成の最大の目的は、社員が幸せになり、そして会社が強くなることです。
自動運転などが発達してきて車のリスクが減るということは、保険料も減っていく
ということ。自動車保険のパイが縮小するなかでは海外や、国内サイバーリスク
など新しい保険ニーズに対応していく必要がある。そのためには、新しい知識や
R&Dなど時間がいるわけです。
Q.どんな取り組みから始めたんでしょうか?
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「多様な社員の成長と活躍の実現」に向けて、2017年4月に、原則遅くとも
19時前退社ルールを導入しました。「時間を守ること」が一時的に目的化
する恐れがあったので、様々な環境整備と並行して、時間の概念、つまり、
「勤務ルール遵守」についてマネージャーの意識改革をおこなってきました。
お客様基点で必要な残業はして下さい、というのは前提です。万が一にでも
お客様を無視したら成り立たちませんし風評リスクにもなってしまいますので、
お客様ありきです。
ただ残業する場合は必ず上司に申請。
申請がないと翌朝の上司のPCに申請なしで残業ありという表示がされてしまう仕組み
にしました。
そんなことを始めたら、「タイムマネジメント」や「段取り」が重要だ、と気付いて
きて、社内の仕事術をまとめたベストプラクティス集(写真左)というのをまとめました。
また、働き方改革にまつわるキーワードが多すぎて解釈が様々になってしまうということ
で、弊社のダイバーシティ&インクルージョンの定義を明文化し、全職場にポスター
(写真右)配布もしました。
Q.推進するうえで大事にしたことは何ですか?
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1番大事にしたのは「個と組織の両立」です。
どうしても働き方改革は会社からの押しつけの無機質なものに捉えられがちですが、
働きがい・やりがい、健康、家族との時間・自己学習・ライフスタイルといった
「個人のためのもの」というメッセージを強く発信してきました。
また、働き方改革の専門チームは、横断プロジェクトチームではなくて、
「主業と人事業務のキャップ(=帽子)を2つかぶせる」ため、本社部門
の主要セクションのライン長に兼務発令しました。セクショナリズムがなくなり、
とてもいい形で推進できました。例えば、総務部と兼務しているメンバーが
プロジェクト予算を確保してくれるなどです。
Q.進めた取り組みは具体的に何でしょう?
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生産性向上と意識改革のための取り組みは、以下です。
<2016年10月~2017年3月>
・仮想デスクトップPC(ノート型)の全社員(約20,000名)への配布
・営業社員の社内携帯をスマートフォン化
・小型軽量プロジェクターを課レベルの全組織に配備
・完全ペーパーレス化(経営会議体をふくめ第一線の全会議が対象)
・社長トップメッセージの発信、部支店マネジメント研修の実施(ライン部長が
ライン課長に3時間ずつ実施することで高い効果)
・オリジナル「働き方改革ガイドブック」作成
・全店「働き方改革セミナー」開催(衛星放送で全拠点同時放映)
2017年4月から
・全拠点の無線LAN化 と完全ペーパーレス化のさらなる徹底
・人事評価に「限られた時間で生産性高く働くこと」の評価項目導入 をしました。
2018年度に
・ビジネスLINE導入
・WEB会議システムの改良
・全ライン部課長向け集合研修(約1000名を対象に、環境変化を正しく認識する
とともに、D&Iの考え方をベースにこれから求められるマネジメントについて、
多角的な視点から考えてもらうことを目指し開催)
をしました。
無駄・非効率の排除のためには・・・
・「業務棚卸シート」による業務の見直し
・「仕事術100選」による時間効率の追求
・「ワンクリックツール」(約400のロボット)による業務の自動化
・会議1/2運動、報告業務の削減
・慣例慣習にとらわれない業務ルールやプロセスの抜本的な見直し
・デジタル戦略部を新設し、業務プロセス等の抜本的見直し
などに取り組みました。
例えば、慣例的にダブルチェックを指示するとトリプルチェックになっていた、
という仕事も必要最低限に削減するなど見直しました。
Q.育休者の在宅勤務も注目されていますね?
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はい、全社員を対象に在宅勤務ルールの拡充を行った結果、今では
のべ3,800名以上が利用しました。
在宅に向いている仕事は一覧化しています。企画や企画のアウトプットの提案書、
見積り書、代理店さんなどをモチベートするようなツール・ニュースづくりなどですね。
逆に、チームで会話しながら進めるような仕事は向いてないです。
毎年全国400名ほどいる育児休業者は、任意で在宅勤務ができます。データ管理や
販促用ニュース作成などに対して成果給を払うことでお願いしています。職場と
コミュニケーションがとれ、復職に向けた準備もできるし、一定の収入も確保できる
と好評でした。会社としても急にパート採用できない繁忙期に助かります。8時から
22時の間で1日5時間以内の制限内ですが、現状も手をあげた十数名が定型業務
をこなしてくれています。開始と終了時は報告をいれてもらい、終了時に成果物を
一緒に添付してもらっています。
多様な働き方支援としては、他にもシフト勤務やフレックス勤務制度の推進ほか、子ども
が小学校3年生になるまで時短勤務適用、育児休業も3歳まで利用可能と条件緩和し、休
日勤務制度の改定もしました。治療と仕事の両立を支援する制度や、小児科オンラインサ
ービスといって、小児科医にLINEや電話で相談できる仕組みもつくりました。
Q.勤務時間管理は難しかったのでは?
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勤務ルールをわかりやすく解説した「動画」を作成したり、パソコン稼働時間と
終了時刻などがマネジメント層にインバウンドで見える化するシステムにしました。
また、メンバーの勤務予定がわかるよう「退社時間宣言ツール」(写真)を配布
したり、組織評価条件に「勤務状況」項目を導入しました。
その後の調査で、異動時期直後の4月などに、一部の職場では、PC稼働時間の
平均値が数分程度伸びることもあったため、舞い戻り防止のため、
「労働時間がリバウンド防止7か条」も作成しました。
社内の働き方改革ポータルサイトや、ニュース全店配信や社内報、社内衛星番組で
好事例の放映で同じことを言い方や表現を変えながら、何度も何度もリフレイン
しています。
継続することが大事ですね。
Q.実際にそれで採用への良い影響はあったのでしょうか?
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ものすごくプラスになりました。
今の学生はワーク・ライフ・バランスに価値基準を置いている。そうじゃない企業は
社会風潮としても遠慮しておこうという空気です。そんな中、たとえば、就職活動を
行っている学生向けのアンケート結果の一例です。「労働時間や勤務スタイルに魅力
がある」という調査項目において、その回答数値が、改革後は6倍にもなり、他社の
数値を大きく引き離すこととなり、、企業イメージが非常にアップしたという実感
を持ちました。売り手市場で優秀な人材を採用するには、1つ1つの因子を引き上
げる必要があるので、大変有効だったと感じています。
Q.もし荒木課長が予算のない中小企業で働き方改革をするとしたら何かしますか?
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まずはなぜ働き方改革が会社に重要なのか、目的を明確に発信します。
残業代など人件費がひっ迫すると立ち行かなくなるなか、健全な危機意識を醸成
し、働き方改革は、個人のための取組でもあるというメッセージを出しますね。
無駄な報告業務や会議も減らします。ルーティン業務を洗い出し、無駄を排除する。
弊社が予算をかけてつくった退社時間表示のPOPも、社内で印刷しようと思えば
簡単につくれますし、棚卸シート作成や仕事術を集めるのもエクセルとアイディア
さえあればできるので、予算なくできることです。
お金をかけなくても使えるツールはたくさんあります。
他社のアイディアを真似ることが大事かと思います。現状は大手中心に働き方改革
取組の情報が多く案内されていますから、その中から自社に取り込めるヒントは
たくさんあります。
中小企業こそ社長の決断が大事だと思います。社長を説得するためにもこの
取り組みをやると何がどのくらい削減できコストパフォーマンスが上がる、
という仮説を立てると思います。
弊社もメディアに取り上げられ大きな広告効果を享受しました。中小企業でこれができ
たら社内・社外で評価されますし、まだ事例が少ないだけに、中小企業部門でブランディ
ングでき、大きな広告効果に繋がります。とにかく取り組みはPDCAを回さないと意味が
ないので、最初から完成形を目指さず、外形的に攻めていってもいいのではないでしょう
か。
荒木様、笠原様、貴重なお話をどうもありがとうございました。
三井住友海上火災保険株式会社 人事部 企画チーム 兼 働き方改革推進チーム
荒木課長(写真左)/ダイバーシティ&インクルージョン推進チーム 笠原課長(写真右)
同社に調査協力した日本生産性本部・経営コンサルタント 高橋佑輔氏/
コンサルティング部 統括課長 前田貴規氏にも専門家の立場でお話を伺いました。
Q.日本生産性本部さんは三井住友海上さんの調査コンサルティングに入られたよう
ですが、1年間でこんなにたくさんの施策を回されて驚きますね。
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三井住友海上さんの強みは、最初から100%を目指さないで失敗を改善しながら、
「走りながらつくりこんでいく」というPDCAサイクルの早さです。スピードは
中小の方が得意な領域なので、小さな業務改善から実施してもいいのではないで
しょうか。
改革は臨時的なプロジェクトチーム方式ではなく、人事部に兼務発令をして正規の
業務として取り組ませたことも効果的だったと思います。
Q.女性活躍という文脈で女性の強みの傾向はあるのでしょうか?
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弊社の分析結果によると、女性管理層の強みは「チームコミュニケーションによる
一体感の醸成」でした。男性に多い、引っ張っていくリーダーシップと違った
「相手を尊重していい所を引き出せる」強みをいかしていける方が多い傾向でした。
一方で、男性や若い部下を引っ張っていくのに不安を抱えている女性も多いという
分析結果もありました。
例えば、地域社員の業務範囲を広げた改革では意欲や満足度が向上したという実績も
あるので、少しずつ経験値やモデルが増えてくるといいのかなと感じています。
Q.中小企業でもご相談は増えていますか?
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はい、時代に合わせた就業規則の整備や、就業時間や非正規社員のシフト管理の見直
し、モチベーションややりがいによるメンタル管理など、サービス業を中心に顕在化した
課題のご要望も増えています。
マニュアルを整備・可視化して誰でも回せるよう標準化するなども、人材ローテーション
による育成のために取り組みたいという経営者さんもいますね。
地方こそ、優秀な人材が大手の地域社員などに吸い取られてしまうという危機感も啓発
しています。働き方改革は大手企業のもんだ、と傍観者になっていると経営リスクが高ま
るばかり。社長と管理職がどう踏み込めるかがカギです。
2018年7月
取材:ウーマンエンパワー賛同企業 事務局・谷平