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親として、企業人として、知っておきたいジェンダー論(早稲田大学文学学術院 教授/豊田真穂氏)

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持続的な発展のためにダイバーシティの必要性が認知されてきている日本ですが、今回は、早稲田大学文学学術院(文化構想学部)教授の豊田真穂氏に、お話を伺いました。多様性の1つの要素でもあるジェンダーの考え方や課題について考えます。

 

事務局(以下、谷平):日本でもジェンダーバランスの話題がいま増えています。早稲田大学ジェンダー研究所は2000年から発足されているようですが、豊田先生はどんな研究をされているのでしょうか?

 

豊田真穂氏(以下、豊田):私は2015年に早稲田大学に着任し、ジェンダー研究所にも参加してきました。講義では、ジェンダー論や戦争とジェンダーをテーマにした授業を担当しています。また、セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)というわりと新しい人権概念があるのですが、この個人の産む・産まないの自由、産むならいつ、何人、どんな間隔で産むかは個人の自由であり、権利であるということと、「少子化対策」は両立し得るのかといったテーマの授業も担当しています。

 

↑早稲田大学戸山キャンパスと授業の様子

 

研究領域は、大きなくくりでは歴史です。戦後のGHQが占領していた時期にどんな改革があったのか?特に、優生保護法(ゆうせいほごほう/1948年(昭和23年)から1996年(平成8年)まで存在)を掘り下げています。

これは不妊手術や中絶など対象者を限定して合法化した法律で、つまりどういう人が家族をつくってはいけないのかという当時の家族観とも結びついています。

 

 

谷平:生物学的な違い(sex)と違い、社会的・文化的につくられた性区別がジェンダー(gender)ということなんですが、この概念はどういうものなんでしょうか?

 

豊田:ジェンダーというのは分析概念で、近年では性別二元論の限界が指摘されています。つまり性別を男と女の2つにわけていること自体を問い直すものです。人間社会が性別をどう分類しているのか、どのようにつくりあげているのかという研究が進んできています。

 

ただ、ジェンダー論の原点には女性やセクシュアル・マイノリティによる解放運動があります。従来、日本では巧妙に女性が排除される仕組み・体制がつくられてきたわけですが、社会的・文化的につくられたジェンダー規範によって女性だけでなく男性も苦しくなっています。

例えば、ある意味で、女性は一般職・総合職・パートタイムや主婦などを選びやすいとされているなか、男性はバリバリ働くのが当然という社会的プレッシャーがある。でも本来はみんな選べるし、選んでいい。

 

フェミニストは男性が嫌いと誤解している人が多いですがそうではなく、性別をはじめとしたその人の属性にかかわらず、「同じことをしたら、同じ評価を受ける」ことを求めているだけです。男嫌い=ミサンドリーと呼ばれますがこれとは違います。一方で日本は、女性蔑視=ミソジニー社会と言われています。ミソジニストの社会は性的な女の子は好き、伝統的な女らしさには敵意を向けない。でも意思や主体性、発言のある女性には嫌悪感をもつという特徴があります。

 

谷平:政財界の意思決定層にもそういった概念を垣間見る発言が問題視されましたが?

 

豊田:女性だからと言って女性の味方ではないこともあり、男性化している女性(名誉男性)を増やしてもあまり意味がありませんが、政治、経済、メディアなどの女性比率が低いことは影響が大きいと思います。

 

去年(2020年)のことですが、海外のメディアで、トップが女性の国、例えば、ニュージーランドやドイツ、台湾などにおいて、新型コロナ対策がうまくいったと報じたことがありました。うまくいったように見えたのは、トップが女性だからというよりも、むしろ「女性を採用するような社会だから」と考えています。
多様性を認める、柔軟な社会、意思決定が開かれている社会だったということではないでしょうか。

 

谷平:ジェンダー研究の立場から日本の課題はどのように感じますか?

 

豊田:女性は幼い頃からリーダーとして育てられていない。だから女性の管理職比率を上げるためにいきなり管理職になれと言われても難しさがあります。学校や部活など教育現場でも会長は男、副会長は女になりやすいし、女性は意見をいってはいけないと育てられてきました。企業文化にもそれが引き継がれてしまっている。

戦後に初めて旧労働省初代の婦人少年局長に就任した山川菊栄(やまかわきくえ)さんが、地方職員室の主任には、未経験でも優秀な女性だけを採用するという「山川人事」をしました。その頃、内務省が解体されたことから、そこでポジションを失った男性を主任に就かせようという動きがあったため大変苦戦したのですが、これは現在でいうところのポジティブ・アクションだと思っています。「山川人事」の優れているところは、やはりただ女性を採用するだけではなく、「リーダーシップをどう育てるか」というのがポイントで、女性たちに研修・講習を繰り返していったことです。

 

(写真左)1948年5月10-11日 東京・武蔵小金井町浴恩館で行われた全国の婦人少年局関係職員を集めた第1回講習会の様子。女性たちが一堂に介する様子は圧巻。

(写真右)山川菊栄 1920年(29歳)新設の労働省婦人少年局長に1947年9月から1951年6月まで在職。GHQ占領下で初の女性局長に就任。 ※画像:山川菊栄記念会提供

 

谷平:個人的には女子校で6年間個性を伸び伸び育ててもらって、女性はわきまえろという風潮はなかったので、確かに社会とのギャップに驚いたのはあります。

 

豊田:女性はサポート的な仕事ばかり、その間に男性は新しいプロジェクトを任される。そういった従来の過程を無視して、女性を登用していきなり管理職ってそれはできないですよね。ずるい、逆差別だと言われる側も困ります。ただ採用するだけではなく、背景となる受けてきた教育を鑑みて、どう育てるのか?という適切な教育が必要ではないでしょうか。誰もが能力が発揮できる文化と仕組みの整備が求められます。

 

谷平:そうはいっても日本は人権への理解やジェンダー概念はよくなっていると認識していいんですよね?女性側へのメッセージはありますか?

 

豊田:何世代も時間がかかる問題だと思いますが、揺り戻しがありながら全体としては進んでいると思います。

対話を諦めないことも大事ですが、逆に女性には、自由なんだから可能性の翼を折らないでと伝えたいです。社会の流れに乗っかる方がラクという気持ちがあっても良いけど、自分の本音や可能性こそ大事にしてもらいたい。日本に閉塞感を感じているなら海外に行く人も多い。そのために必要な学びや技術はあると思いますが、そういう自由だってあります。

また、味方を見つけることは大事。自分を肯定してくれる人、一緒に前を向ける人を周囲に見つけると心強いです。

 

谷平:ダイバーシティ推進を模索する企業側へのアドバイスはありますか?

 

豊田:専門外ではありますが、まずは属人的な仕組みをつくらないことだと思います。仕事を細分化して何人かでシェアができる状態にする。そして0か100かではなく、60、70も選べて、その時間に見合った給与がもらえる。それはできれば男女関係なく適用されて、さらにパートタイムであっても正規雇用の地位が保障されているというあり方がいいですね。海外にも事例が多いです。

そのためには職務分析・職務評価が必要で、賃金制度や評価制度をしっかりと見直して、真の意味での同一労働同一賃金を整備していくことが求められるのではないでしょうか。

リーダーシップの磨き方やハラスメントやダイバーシティ関連の教育・研修も社内に必要だと思います。

 

谷平:日本の歴史の流れのなかで考えるジェンダーとダイバーシティも面白いですね!ありがとうございました。

 

 

早稲田大学文学学術院 教授

豊田真穂

<プロフィール>

1998年津田塾大学(英文学科)卒、2006年東京大学大学院(総合文化研究科地域文化研究専攻)博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、共立女子大学非常勤講師、関西大学文学部専任講師・准教授を経て、現職。専門は、アメリカ研究、ジェンダー史。ボーイズ二人の子育てに日々悪戦苦闘するワーキングマザーでもある。